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  1. 京都の景観を大切にしよう(2)
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素晴らしい提言:美しい潟の復活、観光再生。

 投稿者:美しい潟  投稿日:2013年 9月 8日(日)01時26分9秒
返信・引用
   題:素晴らしい提言:『 美しい潟の復活、観光再生。
           人工海岸線をなくし海と共生 』
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
:学習院大学教授・福島県立博物館長・赤坂憲雄氏の言葉
 (抜書き):「・・日本の人教は、将来8000万人台に減
り、その4割が高齢者になるという推計があります。
 まず、この事を視野に繰り入れる必要がある。
 水田だった所を、膨大な予算を投じて、塩抜きして、基
盤整備して、除染をして、元に戻す。
 そして、『さあ耕して』と言っても、農家は70~80代に
なっていて、耕す人は居ません。
 更に、人口減はいや応なく、経済力の低下をもたらしま
す。
 数百キロにわたる長大な防潮堤を造ってメンテナンスし
ながら50年、100年と維持して行く力が、果たして日本に
ありますか。
 将来の人口減少を考えると、今ある海岸線を守って行こ
うという発想に、もはやリアリティーはありません。
 潟は、生物多様性の宝庫で、実に多彩な暮らしやなりわ
いが周辺で営まれて来た。
 潟をもう一度回復する事は、人口8000万人台の日本列島
に向かって海辺の風景を再構築することだと僕は思う。
 美しい潟が復活すれば観光資源になるでしょう。(以下
略)」。(日経新聞 2013・7・27)
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 
 

国家百年の大計の知的戦略を・・

 投稿者:大計  投稿日:2013年 8月27日(火)01時12分42秒
返信・引用
   題:国家100年の大計の知的戦略を・・
...(真を求めて、皆様と共に幸せになりたい)
.
 (読売新聞、2013・8・7)によると、
 安倍政権が、今年度から、東大や京大など、22の大学や
研究機関に、計64億円の研究支援費を、新たに配分するこ
とを決めたという。
 大変、結構なことをして戴いたと感じる。
 大学の国際競争力を高めるのに欠かせない知的戦略など、
 主に研究支援を担う人材を配置する資金で、各大学・機
関に、年間2~4億円を、10年間に渡り配分する・・と、あ
る。
 この重点配分も「ぴったり」である。
 特許など、知的財産の、この部分を強くする必要性が、
日本にはあった。
 それでなくても、そこへ新たな資金を投入する必要性は、
今後ますます増大していく。
 新たな知恵・知的財産が、日本で生まれても、
 折角の『打ち出の小槌(こづち)』が、
 この部分が薄弱では、
 日本が、折角、先発明しても、
 肝心の特許権などの知的財産などが、
 他国へ持って行かれる。
 これでは、投入した投資資金も戻らず、
 また、国も富まない。
 それでなくても、iPS細胞の場合の様に、一生懸命、日本
の担当の方々が努力していても、
 アメリカの様に、びっくりするくらいの巨大な資金を投
入し、行く先々の特許などを押さえる事もされている。
 大いに、知的財産戦略の参謀部分に、資金を投入して戴
きたいものである。
 この部門の強化が『肝心なところ』、『要のところ』な
のである。
 新聞によると、研究で、一定以上の成果をあげている全
国27の大学・機関から選んだという。
 これも最適である。
 先の政権の様に、国防予算に匹敵するような巨大な資金
を投入しようとしたが、研究をちょっとかじった輩も恩恵
にあずかれるという策では、資金に群がる連中も多く出現
するだろうことは明らかだった。
 国民の税金の無駄t無駄遣いであった。
 「実績をまず作りなさい」の今回の策は適切です。
 そして、新聞では、最大の年間4億円の配分を受けるのは、
東大、京大、東北大、名古屋大。
 筑波大、早稲田大、自然科学研究機構など12の大学・機
関には3億円、
 北海道大など6大学にも2億円がそれぞれ配分されるとあ
る。
 そして、5年後に中間評価を行ない、
 成果が不十分な大学への支援を打ち切ったり、支援額を
見直したりするという。
 まったくこれも素晴らしいと感じる。成果優先主義OK。
 過去のこの類いの評価は、甘かった感がする。
 極端に言えば、研究支援費目当てに、作られた研究もあ
った様に感じる。
 資金を与えっぱなしにしないことが大切。
 そして、成果が上がって良いところには、「相手がびっ
くりするくらいの資金も出す」という様な裁量を取って戴
きたい。
 また、新聞には、使い道について、大学側の裁量も認め
る方針としている。
 これも素晴らしい。
 研究というのは「アイデア一つで180度、変わる時もあ
る」。
 柔軟な、臨機応変に、適切に、タイムリーに資金を振り
向けて行きたいのだ。
 そして、新聞は、国際共同研究を進める人材や、海外の
優れた人材を確保するための年俸制の導入などを提案して
いる大学もあるとある。
 これも大切なことだ。
 日本の大切な頭脳が、アメリカなどへ流出することを嘆
いていることが多かったが、
 日本への外国の優秀な『頭脳の流入』に意を砕いて行か
ねばならない。
 「シンガポールの目覚ましい発展は、ここに『キーポイ
ント』がある」。
 シンガポールは、世界の頭脳を集めたところに発展の基
がある。
 ここの戦略も、国家100年の大計の視点で、しっかりや
って行って戴きたい。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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酋長の想い

 投稿者:責任者の憂いと戸惑い  投稿日:2013年 8月19日(月)02時37分53秒
返信・引用
   題: 酋長の想い
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)

.
スー族酋長のことば
  (アメリカ開拓民と遭遇した
           先住民スー・オグララ族の言葉)


広々と 開かれた、
 どこまでも 広大な 平原や、
 ゆるやかに 起伏を描いていく なだらかな丘や、
 曲がりくねって 流れていく 小川は、
 わしらの目から見れば、
 少しも 野蛮では なかった。

 ただ 白人だけが、
 自然を 野蛮だと 思っていた。
 ただ 白人にとってだけ、
 大地は 「荒れ果て」、
 動物たちは 「獰猛で」、
 そこに住む ちっぽけな人間どもは 「野蛮」だったのだ。

 わしらには、
 大地は 優しく、
 寛大だった。
 わしらにはそこに、
 「大いなる神秘」の 恩恵に 満たされながら、
 生きている。

 そういう大地が 「野蛮」になってしまったのは、
 東部から 毛深い人間どもが やって来て、
 気違いじみた 乱暴さで、
 わしらや わしらの愛する 家族に、
 不正を 重ねてからのことだ。
 そのとき 以来、
 彼らが近づくと、
 森の動物たちも、
 こそこそと 尻尾を巻いて、
 逃げだした。
 わしらの土地が、
 「野蛮な西部」などと 呼ばれるようになったのは、
 その頃からの ことなのだ。
     ・・ 「インディアンの言葉」 紀伊国屋書店

☆ キリスト教の理想的世界を実現しようと
 新大陸に渡ってきたピューリタン
 勤勉を美徳とする ピューリタン精神
 初期の移住者は
 当初
 アメリカ土着のインディアンと
 和平条約を結び
 生活の仕方を教えてもらい
 学ぶが
 その恩も なんのその
 その後
 西部開拓における
 インディアンの殺戮行為を
 行うこととなる。

☆追記
  ( メイフラワー誓約 :アメリカ最初の憲法 )
 最初にアメリカにやってきた人々
 キリスト教信仰の自由を求めてやって来た人々
 ピューリタンによってつくられた
 最初の憲法は
 アメリカ原住民を欠いた
 また
 アメリカ原住民の意志の
 全く入っていないもの
 条文主旨は
 キリスト教信仰のため
 植民地を 建設したい とする
 キリスト教の神が介在する 契約としている
 条文内容は
 アメリカ原住民に配慮した記述は
 全くない
 憲法作成者たちだけで
 都合のよい国を
 つくりたいと 誓っている
 そして
 その公平性と 平等性を 誓っている。
 アメリカ原住民が欠けた
 この契約は
 共同して
 結果
 土地を収奪し
 自分たちだけで
 都合のよい植民地を
 得たい・得よう との感じに
 なっている
 この契約に 参加している人たちは、
 多数決主義を とっているが
 乗船者数100名以上のうち
 本契約参加者数は 41名と多数を
 形成していない
 また
 契約した人たちの国は
 イングランド(英国)だけでなく、
 フランス
 アイルランド
 スコットランドと なっているため、
 特に 契約が必要と感じたのだと思われる
 (同船したけれど・・)
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

まず、嘘は言わないこと・・。

 投稿者:てつがくのみち  投稿日:2013年 8月10日(土)00時49分42秒
返信・引用
   題:まず、嘘は言わないこと・・。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 イスラム教は一神教。
 それを誠実に守っている宗教である。
 故に、その一神の神は、「アッラー」だけである。
 キリスト教の様な、「神になった」、または、「神になりそ
うな神」が、過去も今も、いっぱいいる宗教とは違う。
 神になってしまった神は、「三位一体という形で一神だ」と
しているが・・。問題は解決していない。
 教皇、自らが神にしたいものが、今・現在も存在していると
いう状態。
 そのイスラム教の一神の神・アッラーに、「息子などあるも
のか」の立場で、「イーサー(イエス)」が、「神の子」であ
る訳がないの立場である。
 そしてまた、イスラム教は説く、神は預言者を世に遣わし、
イエスも預言者として遣わされたが、最終段階に最も優れた「
ムハンマド」が遣わされた・・と。
 イエスは、預言者として古く、劣っている・・と。
 それ以後、預言者は出現しない・・と、コーランは説く。
 だから、十字架に架け、死刑にしたと説く。
 それに対し、キリスト教は、嘘をついてイスラム教を攻撃す
る。
 キリスト教の得意なプロパガンダ(嘘宣伝)である。
 キリスト教は、あちこちを像で飾る(マリア像などがいっぱ
い)の偶像崇拝宗教なのに、
 イスラム教は、しっかり一神教を守っているのに、
 キリスト教は、得意なその嘘で、
 「イスラム教は偶像崇拝宗教だ」と言う。
 また、キリスト教は、「イスラム教は多神教だ」と、また嘘
を言う。
 そして、「ムハンマドは狂信者だ」とも言う。
 さらに、「『コーラン』は、ムハンマドが捏造(ねつぞう)
したものだ」と。
 キリスト教はプロパガンダ(嘘宣伝)に精を出す。
 まったく、逆の言葉を返したい。
 キリスト教は、荒れ方が酷(ひど)い宗教で、荒れたキリス
ト教が「よく言うよ」という状態。デマ宗教=キリスト教なの
である。
 昔から、今も、この性格は変わっていない。
 まず、キリスト教は、嘘は言わないこと・・。
.
 (参考)『コーラン』は、天使=ガブリエルを通じて、預言
者=ムハンマドに啓示された、神=アッラーの言葉を集めたも
の。
 啓示が下されたのは、610年から、632年にムハンマドが死ぬ
までの22年間であった。
 (参考)イスラム教徒にとってムハンマド(マホメット)は、
預言者であり完全な人間である。
 『コーラン』は繰り返し、ムハンマドを、「私は使徒として
の一個の人間以外の者(ではない)」(17章93節)。
 「この男は、昔の警告者と同じ警告者だぞ」(53章56節)と
言っている。
 彼は理想的なイスラム教徒であり、信徒の神であるが、しか
し、「人間」以外の何ものでもなく、絶対に神格化されては
ならない存在であった。
 ムハンマドを神格化すれば、アッラーの超越性が制限され、
イスラム教が成立しなくなるからである。
 (キリスト教は、安易にイエスを人間以外のものと神格化し、
神の超越性を制限し傷付けている)。
 (参考)イスラム教は・・、イスラム教の聖典(キターブ)
・イスラム教の聖典はもちろん『コーラン』だが、しかし、
 『コーラン』だけが聖典ではない。
 ここに言う『キターブ』とは、神が天使を通じて人類に下し
た啓示の書の事で、全体で140あるとされている。
 そのうち最も神聖なものは、モーゼに下された5書(「創世記
」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」)、
 ダビデに下された「詩篇」、
 イエスに下された「福音書」、
 そして、ムハンマドに下された『コーラン』である。
 しかし、『コーラン』以前の現実の諸聖典は歪曲されており、
神の啓示を正しく伝えないので、神は最後にムハンマドを通し
て、『コーラン』という正しい、完全な啓示を下された。
 『コーラン』が並ぶものなき聖典・・と説く。
 (参考)キリスト教の「天国」は、イスラム教では「楽園」
と呼ぶ。
              (詳しくは、以下のブログへ)
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当時の、特殊事情の説明・話で構成されている

 投稿者:てつがくのみち  投稿日:2013年 7月28日(日)01時43分21秒
返信・引用
  題:当時の、特殊事情の説明・話で構成されている
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教の聖書は、「昔はこの様な状況でした」と説明す
るにすぎない本です。
 例えば、(「マルコによる福音書」2・1~12)には、中風の
病気の人が、イエスに癒(いや)されたという話があるが・・、
 これは、古代の当地では、何かその人が悪い事をした報(む
く)い、古代の当地で、決められていた律法を犯したことが、
そうした形で出て来たのだと思われていた。
 悪いことをしたから病気になるという、悪いことをした原因
の結果、病気になるという『因果律』の考え方だった。
 イエスも、この様な『因果律の考え方』を持ち、そう思って
いて、その『因果律の考え方の結果』から行動を起こす人だっ
た。
 また、当時、その人が悪い事をしてないと思っても、先祖の
人が、何か悪い事をしていれば、その結果が色々な病気などの
不幸となって現われてしまうのだ(報い・むくい)ともされて
いた。
 つまり、先祖の報(むく)いが子孫に仇(あだ)となって表
れたと考えられていた。
 このイエスの考え方は、原始の古代時代には良くある『古い
考え方』だった。
 ユダヤ教は明らかにその様に考え、ユダヤ教のイエスもその
様な宗教性に捉(とら)われ、染まっている人だった。
 故に、イエスは、この考え方に則(のっと)って行動をした。
 今・現代の考え方とは、まったく違う行動パターンだった。
 そして、人間が罪を犯しているかどうかの尺度として律法と
いうものがあった。
 一番重要な当時の守るべきものと考えられていた。
 イエスもこの考え方から「病気癒しの行為」をした。
 それは、神から与えられたものと考えられており、
 また、神の命令とも考えられていた。
 そして、神との約束とも考えられており、
 神と交わされた契約なのだとも考えられていた。
 その中には、神と人間との契約以外に、人間と人間との契約
も含まれているというおかしな所もあった。
 その様な考え方から、守らねばならない契約として古代人の
この頃の人は『この律法』を重要視した。
 故に、その中風の本人か、または、その中風の人の先祖の人
かが、律法を破っていると考えられいて、この様な病気になっ
たとされた。
 律法を破っている者は、神に喜ばれない者であるとされ、そ
して、そう考え、この様に、律法は非常に怖い報いがあり、だ
から、その怖さから逃れたい、報いを避けたいという気持ちか
ら、律法は守らねばならないもの、守るべきものとされていた。
 イエスの活動は、この様な、古代の観念の中で行なわれた。
 以上の様な、現代には無い、色々な細々(こまごま)とした
事情の説明を受けない限り、そのほとんどが理解できない、理
解不能な、当時だけの特殊な事情の下(もと)での話だった。
 キリスト教の聖書は、この様な、古代の特殊事情の説明・話
で構成されていて、だからその当時の古代は、「こうしました」
と、その説明があるという本なのである。
 現代とは、まったく、異質な次元の話で、
 その特殊な事情ゆえ、
 今・現在では、何ら得るべき様な所は無いといえる。
 結局、古代の、針の先で突(つつ)く様な特殊な事情のもと
で、イエスが、その特殊事情で「ああした」「こうした」とい
う話なのである。役に立つような所はない。
      (詳しくは、以下のブログに)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp
 

キリスト教の作り話・・・

 投稿者:てつがくのみち  投稿日:2013年 6月23日(日)01時10分49秒
返信・引用
  題: キリスト教の作り話「ノアの方舟」の話:

...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)

.
 「ノアの方舟」のノアは、

 家族を含め、その「飲料水」はどうしたか?

 方舟を作ったり、動物たちを捕まえなければならないし、

 そして、連れて来なくてはならないし、

 そして、その檻(おり)を作らなければならないし、

 それも世界中から連れて来なくてはならないし、

 そして、海の底からも連れて来なくてはならないし、

 餌だって色々な餌が必要で、

 肉食獣の肉なんて腐ってしまう、

 冷蔵庫はあったのでしょうか?

 それらを探して採るのも大変な仕事。

 持ってくるまでにも腐らないようにしなければならないし、

 弱った動物を看病しなければならないし、

 餌だって1日1回では済まないし、

 方舟なんて作る暇(ひま)なんてない。

 その方舟の材料も持って来なくてはならないし、

 良い材料、船に使えそうな材料を探さねばならないし、

 山の上で作るので、山の上に運ばねばならないし、

 神は命令するだけで、ノアが大変なのに手伝わないで見ている

だけだし、

 以下は略すが、何しろ、ノアに、出来るわけがない。

 嘘八百のたわいない話なのだ。

 信じている人が「化石的な人」なんて言われる代物(しろもの)。

 この様な、ありもしない話でできているキリスト教の教義。

 信じるに足る宗教ではない。

 この様な嘘宗教=キリスト教に、多くの人たちが殺されたのが

許せない。

 言葉に表されないくらいの憤りを感じる。

 それも「(キリスト教の)神の正義だ」と称してやっているの

だから、

 洗脳されたキリスト教徒の行為さえ無かったらと思う。

 高いところでその様な人非人の策略を考えていたキリスト教聖

職者たちめ。

 これからの人類が、こんな宗教で幸せになれるはずがない。

 皆さまが幸せになれるはずがない。

        (詳しくは、以下のブログに)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
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伝道活動について

 投稿者:ぽんぽこりん  投稿日:2013年 5月21日(火)16時58分50秒
返信・引用
  題:キリスト教の伝道活動について
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教の実体が判らなかった明治維新は、
 西洋のすぐれた学問などの知識を得たいの機運から、
 日本人の優れた特性「進取の精神」から、
 西洋の学者や教師を招いて『何でも学ぶ時代』だった。
 何でもかんでも勉強しよう、学ぼうの日本の民だった。
 その様な時代は、「西洋の総べてが良い」の気運で、
 その時代の想いからキリスト教もよいと思った。
 それ故、進取の思考の明治の学究の徒の人たちは、キリスト
教も一生懸命に学んだ。
 そして、まだ、よく分からない内にキリスト教化した人もい
た。
 しかし、今現在、キリスト教の事が、種々、分かってきた時
点において、
 また、最近の聖書学などのキリスト教研究において、
 それらの研究成果の情報から、キリスト教の問題点が、
種々、分かり、明らかとなって来た。
 しかし、それ故、キリスト教は、プロパガンダ(キリスト教
は素晴らしいという嘘宣伝)に専心している。
 その為もあり、その悪さ加減が隠されているけらいがあった。
 今、西洋・ヨーロッパは、脱キリスト教が、大分、進んでいる。
 アメリカにおいても、知識層は、特に、脱キリスト教の状況と
なっている。
 それ故、キリスト教側も、教勢の維持の行動を強く行なって
いて、例えば、学校などの場でのキリスト教教育について、問
題が多発し、裁判事例も多い状況となっている。
 その多くで公正な宗教教育が大義である事により、キリスト
教側の敗訴が続くという状況の中にある。
 その様な現状の世界の中で、日本においても、活動や働き掛
けがある。
 例えば、NHKを利用したキリスト教の巧妙なる伝道行為が
多く見られる。
 以下は、その事例の1つ。
(参考)しん‐しゅ【進取】 みずから進んで物事に取り組むこと。
「―の気性に富んだ人」
(参考)がっ‐きゅう【学究】 もっぱら学問の研究に携わること。
また、その人。「―の徒」「―肌の人」
.
ーーー1事例ーーーー
題:NHK、キリスト教に偏する放送をし続けている。
.
 拝 啓、
 御仕事、ありがとうございます。
 下記はNHKへ送信した文です。
 NHKは、何度、申し上げてもキリスト教に偏しています。
 (キリスト教の美化行為と他宗教の侮蔑行為)をする放送を
し続けています。
 キリスト教の『巧妙なる伝道』行為となっております。まっ
たく改まりません。
 是正するように促していただけないでしょうか。
 よろしくお願い申し上げます。         敬 具
 ーーー(NHKへの送信文)ーーー
 題:NHK、キリスト教に偏する放送をし続けている。
.
 2013・5・18、NHKラジオ第一、am4:05~、番組名:「ラ
ジオ深夜便、明日への言葉・ハンサムに生きる」、話者:佐伯
順子氏(同志社大学大学院・教授)、アナウンサー:中村宏氏
(NHK職員、明治学院大学卒)、
 NHKは、キリスト教に偏する放送をよくしますが、今まで、
その数々の行為を指摘させてきましたが、改まりません。
 本日の標記の番組も、この類いの放送でした。
 内容は、NHKが、日曜日の大河ドラマと銘打ってNHKが力を
入れて放送しているドラマの主人公の「八重」を絡め、キリス
ト教を美化する、偏した放送内容でした。
 結局、放送内容は、「キリスト教の巧妙なる伝道行為」と
「NHKの番組宣伝」でした。
 NHKは、キリスト教系の大学教授を話者にして、「キリスト
教の巧妙なる伝道行為」を放送することが非常に多い状況です。
 本番組もそうですが、この様な行為、NHKという絶大な影響
力を持つ公器を、あたかも私物と化し、
 キリスト教の伝道行為をするNHK職員もキリスト教系の大学
を出身とするNHK職員が多い状況です。
 「キリスト教を美化し、その他の宗教をを卑下する放送」。
まったく一面的な見方を、さも正しい様に言います。
 その様な話を大学教授という話者に話させる。
 キリスト教は愛の宗教、キリスト教以外の宗教の愛は、女性
の立場を認めていない。
 他宗教は女性を抑え込んでいると言う。
 まったくキリスト教だけを美化する偏した言い方だ。
 キリスト教聖書を読めばわかること、キリスト教でも兄弟で
殺し合い、親を裏切るなど、「愛あるべきところに愛がない」
という記述などが一杯ある。
 「キリスト教の愛だけが正しい愛だ」と断言する話者。まっ
たく酷い偏った言い方だ。
 まったく洗脳的にNHKの放送媒体を利用して伝道する。
 「平等のキリスト教だ」と美化・宣伝・伝道行為の話が続き、
その類いの話に満ちている。
 仏教にも「平等院」という建物があるのを1例の様に,平等を
説く。
 他の宗教を、この話者は「全くない」と断言し、卑下し放送
する。まったく偏っている。
 他宗教は、あたかも古来の愛だ、駄目なのだという悪印象を
植え付けようとしている。
 キリスト教に関しては素晴らしいの話ばかり。
 他宗教は封建的だという言い方。献身の愛だというが、キリ
スト教もこの愛は説いている。
 キリスト教以外の他宗教は、それが虐げられているという印
象を与える言い方。
 他宗教は古いという印象を与える言い方。
 押し付けられている愛だとは、まったくの言い過ぎ。
 虐げられた愛だとは全くの言い過ぎ。
 他宗教は、キリスト教より劣っているのだと思わせ、洗脳する
言葉。
 キリスト教だけが平等で正しいのだとの独善の話。
 NHKの公共放送で呆れる内容。
 NHKも編集すべき、カットすべき内容を、そのまま放送電波
に乗せてしまったという内容。
 だから八重はキリスト教に引かれたのだと何度も言う。
 NHKの偏頗なキリスト教美化の放送はよくあり、仏教など他
宗教の話は全くない偏した放送状況にあります。
.
(追伸) 明治の人が維新の時、西洋から学んだ事が、今の学問か
ら見れば、悲しいかな陳腐化している。これは止む得ないこと。
 同様に、明治のキリスト教研究も同じことが言える。同様な
レベルなのです。
                (詳しくは下記へ)
参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
  URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp
 

オバマ大統領の演説『決して戦争はしない』

 投稿者:絶対、他人をあやめるな  投稿日:2010年11月 6日(土)01時31分54秒
返信・引用
  題 : 『決して戦争はしない』

 米同時テロ、追悼式典、
  オバマ大統領は、
   テロの対象となった
     ワシントン近郊の国防総省で演説し
 「 米国は、
     イスラム(教)との戦争に
        乗り出すことは
           決してない 」  と 強調。

 米国は
 「 多様で寛容な国 」
     とも述べ、
       宗教的な対立が広がらないよう
         国民に自制と団結を訴えた。
                (日経2010・9・12)
http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009/

http://ameblo.jp/staff1944/

 

教えを請うものなら誰であろうと・・

 投稿者: ブッダの足跡をたどる  投稿日:2010年 8月15日(日)23時52分59秒
返信・引用
  題 : 「教えを請うものなら誰であろうと・・」
ナレーション: 出発点・霊鷲山から旅の終わりとなったクシナガ
     ラまでの道のりは、およそ400キロ。
      この道を、80歳の仏陀は、ひたすら歩き続けました。
      仏陀が最後に歩んだ道を、74歳を迎えた五木寛之さ
     んが、辿ります。
      霊鷲山から北西に16キロ。仏陀は、ナーランダ村に
     立ち寄っています。
      行く先々で、仏陀の元には多くの人々が、集まってき
     ました。
      王侯貴族からカースト街の差別を受けている人たちま
     で、さまざまな階層の人々です。
      仏陀は、教えを請うものなら誰であろうと分け隔てな
     く、法を説いたと言われています。
      仏陀・最後の旅は、いつもと変わらぬ、布教の旅とし
     て始まりました。
五木さん: あーなんだか、もう本当に夢の様な幻想的な風景です
     ねー。木があって、なだらかな丘があって、その向こう
     に また木陰に白い塔がある、
      村の人たちが、三々五々、ここに座ったり 腰掛けた
     り、子供達が走り回ったりしていますが、自然の中に、
     こんな場所があるなんて、何と贅沢なことなんだろうと
     思います。『ナマステジー。・・ナマステジー』
      (一つの堂に来た。あたりを見渡す、五木さん)
      えーっ、暗くて見えませんけども、この中にあるのは
     仏陀の坐像ですね。釈迦無二坐像。
      ナマステジー。あのーチョット伺いますけれども、こ
     の塔の中にある仏像は・・・?
インドの住民: 仏陀の像です。お釈迦様の像です。
五木さん: 何時ごろからあるものなのですか?
インドの住民: むかしむかしからあります。
五木さん: 昔々というと、おじいさんの代からですか、もっと昔
     ですか?
インドの住民: 祖父の親の前から さらに前から。
五木さん: すごい、これは驚きました。ほー、この丘の上の小さ
     な祠の中に、・・・いやー、まさしくこれは仏陀の坐像
     です。ほーっ。・・・イヤー驚きました。素晴らしい仏
     像ですけれども、相当古いものだと思いますが、とにか
     く立派なのですよね。
      シルエットといい、バランスといい それにしても、
     この右手とお顔の損傷というのは実に生々しい。インド
     の歴史のありようを感じさせてくれる様な気がします。
ナレーション: ナーランダに心行くまで留まった仏陀は、ある日、
     弟子のアーナンダに こう告げます。
      『さー、アーナンダよ、パータリ村へ行こう』
      仏陀は、三つの袈裟と托鉢用の鉢一つだけをだずさえ
     てパータリ村を目指し歩みを進めます。
      その後ろには、仏陀を慕う多くの修行僧がつき従って
     いました。
インドの祈りの歌: 私は仏陀に帰依します。
        私は仏法に帰依します。
        私は僧伽(そうぎゃ)に帰依します。
     (参考)僧伽:〔仏〕〔梵 sagha の音訳〕仏教修行
     者の集団。僧侶の集団。広義には、在家を含む仏教教団
     全体をいうこともある。和合衆。和合僧。僧祇(そうぎ)。
ナレーション: ナーランダからパータリ村までは、およそ90キ
     ロの道のりです。
映 像:(悪路で自動車の中で大きく揺れる、五木寛之さん)
                         (つづく)

http://ameblo.jp/ataff1944/entry-10600983621.html

 

汚れからの 「まったくの解脱」

 投稿者: ブッダの足跡をたどる  投稿日:2010年 8月15日(日)01時25分25秒
返信・引用
  題 : 汚れからの 「まったくの解脱」
五木寛之・仏教への旅 インド(1)    (You Tube 聞書き)
 霊鷲山(りょうじゅせん)の映像。
 インドのビハール州のほぼ中央に位置する山。
 仏陀(釈迦佛)が無量寿経や法華経を説いたとされる山


ナレーション: 誰にもやがて訪れる死。
映 像: ハーハーと息を弾ませながら霊鷲山の階段を登る
                       五木寛之さん。
ナレーション: 人生の旅路の最後で、人は、老いや死と、
            どの様に向き合えば良いのでしょうか。
   およそ2500年前、その問いに一つの答えを出した人が
                          居ます。
五木さん: あー。もう少しだ。・・・。 アー見えた。
ナレーション: その人の名は、
        ゴーダマ・シッタールダ(パーリ語形、
                   釈迦、仏教の開祖)。
    人々からは目覚めた人・仏陀と呼ばれました。
五木さん: 最後の階だ。・・・。アー・・・。
    ナマステ。ナマステー。
     (遠くから、経を上げる声が聞こえる)。
 (参考)ナマステ: サンスクリット語、インドやネパールで交
     わされる挨拶の言葉。
ナレーション:生きること、老いること、病(やまい)、そして死。
     人生は苦しみに満ちている。
     仏陀は、その苦しみと、「 共に生きること 」を説き
                         続けました。
(キリスト教は「人は生まれながらに原罪がある・救って
      貰う」とは 違う)
五木さん: 「仏陀、さらまんがっちゃーみ」。
              「仏陀、さらまんがっちゃーみ」。
          ・・・「何という静かな場所なんだろう」。
ナレーション: 作家・五木博之さん。仏陀が、最晩年に至るまで
     教えを説いたこの霊鷲山を初めて訪れました。
五木さん: ちょうど、齢80を迎える頃に、この霊鷲山に滞在し
     ていた仏陀は、そこから山を降りて、そして、大変困難
     な旅、ガンジスを超えて、北へ北上するという、6ヶ月・
     数百キロにおよぶ旅に出発する訳です。
      そして、その最初の出発点がこの霊鷲山、一体、仏陀
     が80歳になって何を感じ、そして、大変困難な旅に出
     発する、その最初の動機は何であったんだろうというふ
     うに勝手に想像するんですが、人間というものは、ある
     時期に達すると自分の人生というものを振り返ってみな
     がら、そして、その自分の人生の締めくくりという様な
     ことを 否でも応でも感じない訳にはいかない訳ですね、
     自分自身も、この70歳を超えて、仏陀が死を迎える死
     への旅である、そして、最後の旅である その仏陀の死
     の旅の足跡を、自分自身で歩いてみるということを自分
     の人生に重ねてみますと、何とも言えない不思議な感じ
     がします。
     (霊鷲山にある仏像に手を合わせる、五木さん)
ナレーション: 悟りを開いて45年。常に布教・伝道の旅にあっ
     た仏陀。80歳で、ここ霊鷲山を立ちます。それが最後
     の旅になりました。
      苦難に満ちた旅の中で、仏陀その人は、いかに老いを
     受け入れ、病(やまい)に耐え、そして、どの様に死を
     迎えたのでしょうか。
      およそ2500年前、釈迦族の王子として生まれなが
     ら、出家し、苦行のはてに悟りをひらいた仏陀。
      その教えは、時を越え、多くの人々の中に広まって行
     きました。
      人は、何故、苦しむのか、
                 苦しみと如何に向きあうのか。
      仏教2500年の歩みは、その問いかけの歴史でもあ
     りました。
      21世紀を迎えた今も、人々は変わらず多くの苦しみ
     を抱いています。その中にあって仏教は何をなし得るの
     でしょうか。
      シリーズ・21世紀・仏教への旅。第一集。
      作家・五木博之さんが 仏陀・最後の旅をたどります。
字 幕: 第一集 ブッダ最後の旅 インド
ナレーション: さまざまな伝説に彩られ、
                   なぞに満ちた仏陀の生涯。
     しかし、その晩年については克明な記録が、いくつかの
     経典として残されています。大般涅槃経や、ダイパリミ
     ッパーナ経。
      そこには仏陀の死と、最後の旅の様子が記されており
     ます。霊鷲山から旅立つ前、仏陀は弟子達を集め、悟り
     に至る道について次のように説きました。
       戒律と共に修行して
       完成された精神統一は
       大いなる果報をもたらし、
       大いなる功徳がある。
       精神統一と共に修養された智慧は、
       偉大な果報をもたらし、
       大いなる功徳がある。
       智慧とともに修養された心は、
       もろもろの汚れ、すなわち、
       欲望の汚れ、
       生存の汚れ、
       無明の汚れから
      『 まったく解脱 』する」。    (つづく)

目次 1、汚れからの「まったくの解脱」
   2、教えを請うものなら誰であろうと・・
   3、人生の大河を越える・・・ 彼方の岸へ行こうと欲している人々
   4、どの様にして、涅槃、すなわち 煩悩から解き放たれた理想の境地に至るか
   5、民主主義の国・ヴァッジ国を、仏陀は、こよなく愛していました
   6、法を島とし 法を拠り所として
   7、この世界は美しい、人生は甘美である
   8、直径123メートルの 巨大ストゥーパ
   9、諸々の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい。
  10、転悪成善(悪を転じて善と成す)・・・初めて他者への憎悪や責める心から解放される
  11、供養の食べ物を食べて・・・ニルヴァーナの境地に入られた
  12、破壊さるべきものであるのに、それが破壊しないようにという事が、どうしてありえようか
  13、げに仏陀は 百劫にも会うこと難し

http://ameblo.jp/ataff1944/entry-10600983621.html

 

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